高校


高校は○○県立○○高等学校。某ファイルシェアソフトWi○nyの製作者も通っていた。つまり彼は先輩ということになるわけで。ニュースで紹介された時に、祭があったとかなかったとか。近くには、山口智子の実家がある。

この高校は普通科の進学校で、田舎(?)にしては東大に5人ぐらい入る。私が卒業したときは一番進学率が高く、現役で東大に7人ぐらい入った。教科書の内容は大体2年までに終了し、3年では問題演習である。男子校ということもあって、独特の雰囲気の中での3年間だった。

入りたての頃は遅くまで学校に残ったりしていて、夜遅くまで残って勉強している生徒がいるなんて話題になったこともあった。ただ、なんとなく高校に進学し、大学への進学というものが現実味を帯びてくる中、私はいいようのない脱力感を感じていた。何の為に大学に行くのか。小さい頃から化学が好きで、高校に入ったら色々面白いことが出来るだろうと中学のときは信じていたが、現実は違っていた。高校では知識の詰め込みばかりで、それをはきだすテストで成績が決まる。教師もセンター試験などを意識して問題を作る。 化学の授業なんて本当につまらないものだった。教師の口癖は、「これは覚えるだけです」だった。実験なんて年に数回しかないし、問題が解ければいいというありさま。物理だって同じだ。こんなままごとには付き合っていられないが、きっと大学に入れば、自分の思ったような勉強が出来るんだと自分に思い聞かせてやってみたものの、よく考えてみると、今、高校でやっている事をもとに試験で受験者をふりわけてしまうような大学なんて、ろくなものではない。そうだ、高校よりひどいかもしれない。周りは自分の成績から適当に大学を選んでいる。専攻も適当に考えている。そんなやつらばっかりの大学なんて行ったって面白くもなんともないだろう。しかも、そんなやつらがいる大学なんて行きたくもない。そう思い始めたとき、定期テストの後の面談で担任と進路について話す機会があった。私は将来、医師、化学者、もしくは学校の先生になりたかったので、その話をするつもりだったのだが、彼はそんなことよりどの大学を目指してやっていくのか、そんなことを言い出した。私は大学の話はしたくなかったのに。とりあえず大学に入っておく、そのための勉強、そんなものが大嫌いだった。あー嫌だ嫌だ。そうだわざと成績を下げてやれ。というわけで勉強をやめた(英語は将来役に立つだろうと思って、少しはやっていた)。別に行きたい大学があったわけではないし、高校は義務教育ではないので、前のように馬鹿みたいにやる必要なんてなかった。第一、大学入試で重要なのは試験の点数であって、高校の成績ではないのだから。担任も、成績の悪くない私が成績が落ちたら少しは困っていいだろうと、正直思った。2年生になり、一学期が終わって、出席しても無意味に感じられた夏期講習をサボって北海道を訪れた際、一冊の本を古本屋で見つけた。人間は一生のうちに数え切れない人と出会うが、その中の何人かがその人に大きな変化をもたらすことがある。しかし、それよりもまして、たった一冊の本がその人の人生を大きく左右することがあると言う。その本というのが私がその古本屋で見つけた本だった。 三田誠広 著の「高校時代」で、私は主人公に強く同感し、私は勉強することが本当に嫌になってしまい、学校をやめたくなった。そんなことをしているうちに、次の本に出会った。鶴見 済著の「人格改造マニュアル」だ。この本を読んだ後、私は精神科に通うことになる。

当初は精神科でもらった薬で自分を変えようと思っていたのだが、自分の内面の問題がどんどん大きくなっていき、ついにはうつになり、抗うつ剤を処方されるようになった。しかしながら、実際の問題については精神科医と語り合うことはできず、自分で自分を治す決意を固める。つまり、PROZACの個人輸入。1錠800円を24個ぐらいオーダー。精神科医はPROZACはおすすめしないというので、もう行かないことにした。PROZACが届き、飲み始めた。思ったような効き目はなかったが、このとき読んでいた森田療法の本の内容がすうっと頭に入り、あるがままを受け入れられるようになれた。まずは頭を坊主にした。これが高校3年の夏頃だ。それまで、古文のI先生、養護教諭のO先生には大変お世話になった。

うつはしだいに引いていったが、ぶらぶらしているうちに卒業が近づいてきた。就職先でも探すか、なんて求人広告を見ていたのだが、学校に行けばどいつもこいつも受験受験で必死になり、地元では、どうしようもない高校に進学したが、大学は推薦で入れるという同級生もいて、自分は本当にこれでいいのだろうかと考えるようになった。本当は自分の勉強がしたいのではないか。しかし日本の大学ではダメだ。日本ではダメなだ。こんな国にいられるか。日本が嫌いだった。

というわけで、この国以外で自分のやりたいことができる国に出る必要が出てきた。まずは英語が堪能でなくてはならない。そうだ、海外の語学学校に行こう。英語といえばアメリカだな。お、2年制大学は安いし、ここに行こうか。おお、その後は編入で、4年制大学に行けばいいんじゃないか! おおお、そうすれば大学院にも行けるではないか! そうすれば Ph.D. も取れてしまうかもしれない!!!! よし、有言実行だ。高校の卒業式のとき、校長に「アメリカの大学に行きます!」と言ってしまった。実は、アメリカ行きを決めたのは、いとこで英語教師をしているMさんとその旦那さんのアドバイスがあってこそだったが。

2004.7.23