これはもうアメリカに行くしかない! というわけで、初めにネヴァダ州立大学の日本校であるネヴァダ州立大学国際教育機構JAPANに出願した。ここは新宿のキャンパスで一年間語学教育を受けてから、アメリカ本土の提携校に編入できるというもので、 同級生の奴らが担任に合格の報告に来る中、私は英文の成績証明書やら卒業証明書やらを高校に取りに行った。しかし、試験結果は不合格。コンチクショー!! インチキ臭い感じがどうも拭い切れない学校だったので、それもよしとした。でもこのときは泣いた。こうなったらTOEFL(Test of English as a Foreign Language)を受けて自分の好きな大学に入学すればよい。TOEFL対策校であり、留学の準備をする為の学校であるトフルゼミナール大宮校に入校した。 ここでの一年間は私が今までの学校生活で一番楽しかった気がする。1年間どこかの学校に通ったという感じさえする。ここで出会った友は一生の友になるだろう。
TOEFLの受験を繰り返しつつ、大学に資料請求の手紙を出し、資料が届き、メールで連絡したりして、出願の準備を進め、準備を進めていった。 そして2000年の4月30日に渡米した。Florida州の語学学校に1ヶ月通い、その後、Greyhound Bus で、36時間かけて Kansas 州 Lawrence に移動し、The University of Kansas (KU)に入学した。この大学を選んだ理由は、アメリカ人のはとこが Kansas City に住んでいて、彼女が強く勧めたからなのだが、私が Kansas に着いた2日後に NY へと引っ越して行った。・・・(boyfriend がNYで仕事が見つかった為)。
6月、7月の二ヶ月間、AEC(Applied English Center: KUの付属ESLスクール)の Listening 5 と Writing 5 を取り、AECにパスし、秋学期から晴れて Freshman としてスタートした。KUでは、TOEFL(Paper) の 試験で、570点(各セクション57以上)あれば、AECは免除になる。私のスコアは 583点だったのだが、リスニングとライディングが57点未満だったので、AECを取ることになったが2ヶ月でパスできてよかった。 一年後には、Department of Chemistry から、奨学金をもらうことができた。2002年からは KU Japanese Student Association の ウェブマスター、副会長、書記などを務め、途中で専攻を化学から生化学に変えたが、2004年5月に無事に卒業し、Bachelor of Science in Biochemistry の学位を取得。現在は Dr. Gegenheimer のラボで経験を積んでいる。
留学を通して自分が変わった。渡米前は日本が大嫌いですぐにでも飛び出したかったが、今では日本を愛するようになった。自分の帰る国がある、家族がいる国があるというのは素晴らしいことである。また、家族の大切さを身にしみて感じるようにもなった。両親には心から感謝している。また、私が留学するにあたり、色々手助けしてくれた親類にも感謝している。